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自宅で育てているブルーベリーの鉢植え。


今年も実をつけてくれそうで楽しみです。


季節がすすんでいるんだなあ。


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釜石市東中学校野球部に野球道具を届けてきました。

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みんな大変喜んでいました。


現在、東中学校は釜石中学校に間借りしています。
野球道具を届けた日は釜石中学校の生徒が部活動でグランドを使用していて、
東中学の野球部はグランドを使えない日でした。
キャッチボールなどしたかったのですが我慢しました。
彼らは震災以来初めて着たユニホームが嬉しいから、ユニホームのままで帰ると言っていました。
ほとんど全員の部員が津波の被害で家に住めなくなり、避難所や親戚の家などから遠くの別の学校に通っているのだそうです。
本当に厳しい現実の中たくさんのことを我慢して生きているのだと思います。
思うように練習できる状況では決してありませんが、
3年生にとって最後の大会になる6月の中総体に参加するそうです。
「いつも一回戦で負けてしまうけど、今年はもらった野球道具で優勝します。」
と言われて胸が熱くなりました。
試合の応援に行こう!と思っています。



今回、野球用品を集めるためにとてもたくさんの方に協力していただきました。
心から感謝しています。
みなさんどうもありがとうございました。


放射能の不安に苦しむひとの助けになりますように。


●「被災地のママと受け入れママをつなぐサイト」 http://www.mamatomama.info/


●「母子疎開ネットワーク」「hahako」 http://hinanshien.blog.shinobi.jp/


●「赤ちゃん一次避難プロジェクト」 http://baby.wiez.net/


●東京里帰りプロジェクト http://www.satogaeri.org/


●チェルノブイリのかけはしJAPAN http://www.kakehashi.or.jp/?p=2600


●DO/LINE北海道被災者支援受け入れネットワーク http://www.doline.org/index.html

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岩手県釜石市鵜住居地区で中学生の男子と出会いました。

津波で何もかも流されてしまった釜石市東中学校の生徒です。

彼は野球部で野球道具もすべて流されてしまったそうです。

彼はライフラインが復旧していない家にポリタンクで水を運んでいました。

家の庭では彼のお母さんが焚き火でおなべでお湯を沸かしていました。


「何が一番困っていますか?」

と聞くと、

「野球ができないのがつらい。」

と言われました。

目に涙をいっぱいに溜めて
「野球道具が欲しい。野球がしたい。」
と彼は言いました。

ぼくも野球部でした。

何とかして彼に野球をさせてあげたいと思いました。

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飯舘村に行きました。

とても美しいところでした。


牛を50頭くらい育てている方に会いました。
牛のエサとなる牧草が足りないから支援してほしいと言われました。


なんとか伝わってほしい。


カメラを舐めた牛がいとおしい。

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郡山市と福島市に行きました。


元のような生活に戻りたいのです。
だから我慢してる。


今までもずっとのりこえて来たから
今回ものりこえようとしてる。



郡山の焼き鳥屋でであったおじさんは
産まれたばかりの孫だけでも安全な場所に逃がしてほしいと
首相官邸に送ったメールを見せてくれました。


子供を逃がしたいってそりゃ思ってる。


こんなサイトがあります。
母子疎開ネットワーク「hanako」
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